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小島レポート 2018.10.20

  価値表現の構造分析と価値形態の物神的性格について


    ― 『資本論』第1章第3節価値形態または交換価値 ―
  
 

 Ⅰ.  諸商品の価値対象性と貨幣の謎

 (1)
 商品は使用価値または商品体の形態で、すなわち、鉄・亜麻布・小麦等々として、生まれてくる。これが彼等の生まれたままの自然形態である。だが、これらのものが商品であるのは、ひとえに、それらが、二重なるもの、すなわち使用対象であると同時に価値保有者であるからである。したがって、これらのものは、二重形態、すなわち自然形態と価値形態をもつかぎりにおいてのみ、商品として現われ、あるいは商品の形態をもつのである。
 
諸商品の価値対象性は、・・・諸商品が同一の社会的等一性である人間労働の表現であるかぎりでのみ、価値対象性を有ち、したがってそれらの価値対象性は、純粋に社会的であるということを想い起こして見るならば、おのずから価値対象性が、ただ商品と商品との社会的関係においてのみ現われうるものであるということも明らかとなる。
 人は、何はともあれ、これだけは知っている、すなわち、諸商品は、その使用価値の雑多な自然形態と極度に顕著な対照をなしているある共通の価値形態をもっているということである。―すなわち、貨幣形態である。だが、ここでは、いまだかつてブルジョア経済学によって試みられたことのない一事をなしとげようというのである。すなわち、この
貨幣形態の発生を証明するということ 〔すなわち、貨幣物神も発生する・・・〕、したがって、商品の価値関係に含まれている価値表現が、どうしてもっとも単純なもっとも目立たぬ態容から、そのきらきらした貨幣形態に発展していったかを追求するということである。これをもって、同時に貨幣の謎 〔 貨幣物神の謎は残っているが・・・〕は消え失せる。
 最も単純な価値関係は、明らかに、ある商品が、他のなんでもいいが、ただある一つの自分とちがった種類の商品に相対する価値関係である。したがって、二つの商品の価値関係は、一つの商品にたいして最も単純な価値表現 〔ー
価値対象性ー〕 を与えている。(p.63)



 Ⅱ.  一切の価値形態の秘密-単純な価値形態
: x量商品A=y量商品B

 
A 単純な、個別的な、または偶然的な価値形態  x量商品A=y量商品B
  1 価値表現の両極、すなわち、相対的価値形態と等価形態
 
(2) 一切の価値形態の秘密は、この単純なる価値形態の中にかくされている。したがって、その分析が、まことに難事となるのである。・・・
 相対的価値形態と等価形態とは、相関的に依存しあい、交互に条件づけあっていて、離すことのできない契機であるが、同時に相互に排除しあう、または相互に対立する極位である。すなわち、
同一価値表現の両極である。



 
Ⅲ. 商品の等価表現と価値「対象性」 Gallert

   ~ 
2 相対的価値形態 a 相対的価値形態の内実 ~ 

 
(3) ただおのおのちがった商品の等価表現のみが、種類のちがった商品にひそんでいる異種労働を、実際にそれらに共通するものに、すなわち、人間労働一般に整約して、価値形成労働の特殊性格を現出させる。
 だが、亜麻布の価値をなしている労働の特殊な性質を表現するだけでは、充分でない。流動状態にある人間労働力、すなわち人間労働は、価値を形成するのであるが、価値ではない。それは
(*注) 凝結した状態で〔 in geronnenem Zustand : ゲル化した状態で 〕、すなわち、対象的な形態で価値となる。人間労働の凝結物 Gallert としての亜麻布価値を表現するためには、それは、亜麻布自身とは物的に相違しているが、同時に他の商品と共通に亜麻布にも存する 「対象性」"Gegenständlichkeit"〔価値対象性のこと〕として表現されなければならぬ。

  
(*注):geronnenem → geronnen : rinnen, gerinnenの過去分詞 → rinnen : 液体などがしたたる。
     ・
gerinnen : ミルク・血液などが凝固(凝結)する。膠状化する、ゲル化する

 (4) 神の仔羊と同一性Gleichheit 
 上衣が亜麻布の等価をなす価値関係においては、このように、上衣形態は、価値形態とされる。亜麻布なる商品の価値は、したがって、上衣なる商品の肉体で表現される。一商品の価値は他の商品の使用価値で表現されるのである。使用価値としては、亜麻布は上衣とは感覚的にちがった物である。価値としては、それは「上衣に等しいもの」"Rockgleiches"であって、したがって、上衣に見えるのである。このようにして、
亜麻布は、その自然形態とはちがった価値形態を得る。その価値たることが、上衣との同一性 Gleichheit に現われること、ちょうどキリスト者の羊的性質が、その神の仔羊 〔キリスト〕 との同一性に現われる 〔 すなわち、物神性として現れる・・・ 〕ようなものである。



 Ⅳ. 
貨幣の神秘的な性格―等価形態の謎と価値表現の秘密

    ~ 
3 等価形態 ~ 金や銀の神秘的な性格

 
*注3 等価形態」については『資本論』本文参照のこと・・・

 
(5) 等価形態の謎 ― 金や銀の神秘的な性格 
 「われわれはこういうことを知った、すなわち、商品A(亜麻布)が、その価値を異種の商品B(上衣)という使用価値に表現することによって、Aなる商品は、Bなる商品自身にたいして独特な価値形態、すなわち、等価の形態を押しつけるということである。・・・(岩波文庫p.103)
 「一商品、例えば亜麻布の相対的価値形態は、その価値たることを、何かその物体と物体の属性とから全く区別されたものとして、例えば上衣に等しいものとして、表現しているのであるが、
この表現自身が、一つの社会関係を内にかくしていることを示唆している。等価形態であるゆえんは、まさに、一商品体、例えば上衣が、あるがままのものとして価値を表現し、いたがって、自然のままのものとして、価値形態をもっているということの中にあるのである。このことは、もちろんただ亜麻布商品が、等価としての上衣商品にたいして関係させられた価値関係の内部においてだけ、妥当することなのである。しかし、一物の属性は、他物にたいするその関係から発生するのではなくて、むしろこのような関係においてただ実証されるだけのものであるから、上衣もその等価形態を、すなわち、直接的な交換可能性というその属性を、同じように天然にもっているかのように、それはちょうど、重いとか温いとかいう属性と同じもののように見える。このことから等価形態の謎が生まれるのであって、それは、この形態が完成した形で貨幣となって、経済学者に相対するようになると、はじめてブルジョア的に粗雑(そざつ)な彼の眼を驚かすようになる。そうなると彼は、金や銀の神秘的な性格を明らかにしようとして、これらのものを光り輝くことのもっと少ない商品にすりかえて、いつもたのしげに、すべて下賤な商品で、その時々に商品等価の役割を演じたものの目録を、述べ立てるのである。彼は、亜麻布20エレ=上衣1着というようなもっとも簡単な価値表現が、すでに等価形態の謎を解くようにあたえられていることを、想像してもみないのである。」 (p.76)

 
(6)人間はみな等しい” ― 同等性社会の成立と価値表現の秘密
    〔 アリストテレスの等一関係の発見 〕
 
価値表現の秘密、すなわち一切の労働が等しく、また等しいと置かれるということは、一切の労働が人間労働一般であるから、そしてまたそうあるかぎりにおいてのみ、言えることであって、だから、人間は等しいという概念が、すでに一つの強固な国民的成心となるようになって、はじめて解きうべきものとなるのである。しかしながら、このことは、商品形態が労働生産物の一般的形態であり、したがってまた商品所有者としての人間相互の関係が、支配的な社会関係であるような社会になって、はじめて可能である。アリストテレスの天才は、まさに彼が商品の価値表現において、等一関係を発見しているということに輝いている。ただ彼の生活していた社会の歴史的限界 〔―ギリシャの奴隷労働の社会― 〕 が、妨げになって、一体「真実には」この等一関係は、どこにあるかを見いだせなかったのである。



 
Ⅴ.  “人間労働”の眼に見える化身と物質的象徴・Gallert

    ~ 
C 一般的価値形態 ~

 上衣1着        =
 茶10ポンド       =
 コーヒー40ポンド   =
 小麦1クォーター    =    } 
亜麻布20エレ
 金2オンス       =
 鉄1/2トン        =
 A商品x量       =
 その他の商品量   =

 
(7) 人間労働の眼に見える化身 Inkarnation, 一般的社会的な蛹化
 商品世界の一般的な相対的価値形態は、この世界から排除された等価商品である亜麻布に、一般的等価の性質をおしつける。
亜麻布自身の自然形態は、この世界の共通な価値態容 die gemeinsame Wertgestalt dieser Welt であり、したがって、亜麻布は他のすべての商品と直接に交換可能である。この物体形態は、一切の人間労働の眼に見える 化身 Inkarnation として、一般的な社会的な蛹化 〔昆虫の幼虫が変態し、サナギになることとしてのはたらきをなす。・・・
 労働生産物を、無差別な人間労働のたんなる
凝結物 Gallert (*注1) として表示する一般的価値形態は、それ自身の組み立てによって、それが商品世界の社会的表現であるということを示すのである。このようにして、一般的価値形態は、この世界の内部で労働の一般的に人間的な性格が、その特殊的に社会的な性格を形成しているのを啓示する (*注2)のである。

(*注1) 
人間労働の物質的象徴を表示するGallertは、価値「対象性」の機能を担う役割り。なお、「Gallertについて」は、こちらを参照のこと

(*注2) 
啓示する:ドイツ語offenbaren、ラテン語revelatio。
 ―
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
啓示 revelation  → 独 die Offenbarung >啓示する offenbaren
 「
神あるいは超越的存在が,一般的意味において人間自身の力では認識できない秘密,特に神が人間の理解をこえて実在する本質が,いわば逆説的な緊張関係においてあらわにされることをいう。人はこの啓示によって神との交わりに入ることを許される。啓示は人間の予測をこえてただ神の側から一方的に訪れるものであるから,キリスト教では,救いを目的とした神の恩寵としての奇跡的行為とみなされる。また神と交わるということは人が神と同化するというのではなくて,むしろ逆説的にみずからの罪と卑小さを悟り真に神を信じ,神を恐れ,救いを待つという意味での人間的関係を神と結ぶことを意味する。キリスト教における啓示は一度限りの決定的な出来事,すなわち神の言葉の受肉としてイエス・キリストにおいて現れたとされるが,このキリストにおける特殊啓示だけを排他的に主張する立場 (K.バルト) ,神の被造物における一般啓示をも認める立場 (自然神学) などがある。」


 
Ⅵ. 単純なる商品形態は貨幣形態の萌芽

   ~ D 貨幣形態 ~
 
  D 貨幣形態 〔第四形態〕
 
亜麻布20エレ      =
 上着1着         =
 茶10ポンド       =
 コーヒー40ポンド    =
 小麦1クォーター    =  
 金2オンス 2 Unzen Gold
 鉄1/2トン         =
 A商品x量        =

1. 直接的な一般的な交換可能性の形態、または一般的な等価形態が、いまや社会的習慣によって、終局的に商品金の特殊な自然形態と合生してしまった。
 
 亜麻布20エレ = 金2オンス

2. 金が他の商品にたいして貨幣としてのみ相対するのは、金がすでに以前に、それらにたいして商品として相対したからである。すべての他の商品と同じように、金も、個々の交換行為において
個別的の等価 einzelnes Äquivalent としてであれ、他の商品等価と並んで特別の等価 besondres Äquivalent としてであれ、とにかく等価として機能した。しだいに金は、あるいは比較的狭い、あるいは比較的広い範囲で一般的等価 allgemeines Äquivalent として機能した。

3. 金が商品世界の価値表現で、この地位の独占を奪うことになってしまうと、それは貨幣商品となる。そして金がすでに貨幣商品となった瞬間に、やっと第4形態が第3形態と区別される。いい換えると一般的価値形態は貨幣形態に転化される。・・・

4. 
貨幣形態という概念の困難は、一般的等価形態の、したがって、一般的価値形態なるものの、すなわち第3形態の理解に限られている。第3形態は、関係を逆にして第2形態に、すなわち、拡大された価値形態に解消する。そしてその構成的要素は第1形態である。すなわち、亜麻布20エレ=上衣1着 または A商品x量=B商品y量である。
したがって、
単純なる商品形態は貨幣形態の萌芽(胚芽・胚細胞)である(*注3)。

(*注3) 
『資本論』序文 「商品の価値形態は、経済の細胞形態である


 Ⅶ. 
貨幣物神の謎は、商品物神の目に見えるようになった、幻惑的な謎であるにすぎないのである。
     ・・・第2章 交換過程 ・・・


 ・・・ 以上、小島レポート 「価値形態の物神的性格 概要」 ・・・