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ヘーゲル 「小論理学」 第2部本質論 C 現実性-§147

  真下真一 宮本十蔵 訳 岩波書店ヘーゲル全集1 1996年発行 

§147
 そのように
展開された外面性は可能性と直接的現実性という両規定の一つの円であり、それらの相互による媒介は実在的可能性 reale Mӧglichkeit 一般である。そのような円としてそれは、さらに言えば、統体性 〔Totalität:全体性〕であり、かくて内容 Inhaltであり、即自かつ対自的に規定された事柄であるし、同じくまたこの一体性のなかでの両規定の区別 Unterschiede からすれば、それは対自的な形式の具体的統体性 〔konkrete Totalität : 具体的全体性〕であり、内なるものの外なるものへの、また外なるものの内なるものへの直接的な自己転化 Sishübersetzenである。形式のこの自己運動 Sichbewegen は自己を現実性へ揚棄していく実在的根拠としての事柄のはたらき Betätigung der Sache、実証的活動であるとともに、偶然的現実性 zufälligen Wirklichkeit、諸条件の実証的活動でもある。すなわちこれらの条件が自己の内へ反照して自己を他の現実性へ、つまり事柄の現実性へ揚棄することである。あらゆる条件が現にあるときには、事柄は現実的とならざるをえないのであって、事柄はそれ自身、諸条件の一つである。なぜならそれはまず内なるものそのものとして一つの前提されたものにほかならないからである。展開された現実性は、内なるものと外なるものとの合一する交替 〔Wechsel: 移り変わり〕、一つの運動に合一したそれらの対立した運動の交替 〔Wechsel: 移り変わり〕として、必然性である。

  
必然性が可能性と現実性との一体性 〔Einheit: 統一性、単一性〕 として規定されたのは確かに正しい。しかしただそう言いあらわされるだけではこの規定は皮相であって、したがって不可解である。必然性の概念 Begriff はひじょうにむずかしいのであって、 しかもそのわけは、必然性は概念そのものであるが、その概念の諸契機はまだ現実性として存在していながら、 この現実性は同時になおただ形式としてのみ、内的に支離滅裂であって 〔gebrochene :欠陥があって、不完全で〕、移行していく形式としてのみ、理解されるべきものだからである。したがって私は次の両節において必然性を構成する諸契機をもっとくわしく説明しよう。

 ・・・§147、終わり・・・