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文献資料 資本論第1章第4節注31,32,33
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 資本論ワールド 編集部 
  
マルクスは、『資本論』第1章の締めくくりとして、「古典派経済学」の中間総括を行っています。
 1. (注31)では、





  『資本論』第1章第4節 商品の物神的性格とその秘密


17 (岩波文庫p.142)
 商品生産者の一般的に社会的な生産関係は、彼らの生産物に商品として、したがって価値として相対し、また、この物的な形態の中に、彼らの私的労働が相互に等一の人間労働として相連結するということにあるのであるが、このような商品生産者の社会にとっては、キリスト教が、その抽象的人間の礼拝をもって、とくにそのブルジョア的発展たるプロテスタンティズム、理神論等において、もっとも適応した宗教形態となっている。古代アジア的な、古代的な、等々の生産様式においては、生産物の商品への転化、したがってまた人間の商品生産者としての存在は、一つの副次的な役割を演ずる。だが、この役割は、その共同体が没落の段階にすすむほど、重要となってくる。本来の商業民族は、エピクロスの神々のように、あるいはポーランド社会の小穴の中のユダヤ人のように、古代世界の合間合間にのみ、存在している。

 かの古代の社会的生産有機体は、ブルジョア的なそれにくらべると、特別にずっと単純であり明瞭である。しかし、それは個々の人間が、他の人間との自然的な種族結合の臍の緒をまだ切り取っていない、その未成熟にもとづくか、あるいは直接的な支配関係または隷属関係にもとづいているのである。これらの諸関係は、労働の生産諸力の発展段階が低いということ、これに応じて、人間の物質的な生活をつくり出す過程の内部における諸関係、したがって相互間と自然とにたいする諸関係が、狭溢であるということによって、条件づけられている。このような実際の狭溢さは、思想的には古い自然宗教や民族宗教に反映されている。

 現実世界の宗教的反映は、一般に実際的な日常勤労生活の諸関係が、人間にたいして、相互間のおよび自然との間の合理的な関係を毎日明瞭に示すようになってはじめて、消滅しうるものである。社会的生活過程、すなわち、物質的生産過程の態容は、それが自由に社会をなしている人間の生産物として、彼らの意識的な計画的な規制のもとに立つようになってはじめて、その神秘的なおおいをぬぎすてるのである。だが、このためには、社会の物質的基礎が、いいかえると一連の物質的存立条件が、必要とされる。これらの諸条件自体は、また永い苦悩にみちた発展史の自然発生的な産物である。



18 〔
アダム・スミス、リカードなど古典派経済学の価値論の総括的批判 〕 (岩波文庫p.143)

 さて
経済学 Die politische Ökonomie は不完全ではあるが(31)価値と価値の大いさを分析したし、またこれらの形態 〔形式:Form〕 にかくされている内容を発見したのではあるが、それはまだ一度も、なぜにこの内容が、かの形態形式:Form〕 をとり、したがって、なぜに労働が価値において、また労働の継続時間による労働の秤量が、労働生産物の価値の大いさの中に、示されるのか?という疑問をすら提起しなかった(32)

 生産過程が人々を支配し、人間はまだ生産過程を支配していない社会形成体に属するということが、
その額に書き記されている諸法式は、人間のブルジョア的意識にとっては、生産的労働そのものと同じように、自明の自然必然性と考えられている。したがって、社会的生産有機体の先ブルジョア的形態は、あたかも先キリスト教的宗教が、教父たちによってなされたと同じ取扱いを、経済学によって受けている(33)

  〔 マルクスによる「古典派経済学批判」 〕

(31) リカードの価値の大いさの分析 Ricardos Analyse der Wertgröße ―そしてこれは最良のものである―に不充分なところがあることについては、本書の第3および第4巻で述べる。しかしながら、価値そのものについていえば、古典派経済学 klassische politische Ökonomie はいずこにおいても、明白にそして明瞭な意識をもって、
価値に示されている労働を、その生産物の使用価値に示されている同じ労働から、区別することをしていない古典派経済学は、もちろん事実上区別はしている。というのは、それは労働を一方では量的に、他方では質的に考察しているからである。しかしながら、古典派経済学には労働の単に量的な相違が、その質的な同一性または等一性〔qualitative Einheit oder Gleichheit〕を前提しており、したがって、その抽象的に人間的な労働への整約を前提とするということは、思いもよらぬのである。

 リカードは、例えば、デステュット・ド・トラシがこう述べるとき、これと同見解であると宣言している、すなわち「われわれの肉体的および精神的の能力のみが、われわれの本源的な富であることは確かであるから、これら能力の使用、すなわち一定種の労働は、われわれの本源的な財宝である。われわれが富と名づけるかの一切の物を作るのが、つねにこの使用なのである。……その上に、労働が作り出したかの一切の物は、労働を表わしているにすぎないことも確かである。そしてもしこれらの物が、一つの価値をもち、あるいは二つの相ことなる価値をすらもっているとすれば、これらの物は、これをただ自分がつくられてくる労働のそれ(価値)から得るほかにありえない」(リカード『経済学および課税の原理』第3版、ロンドン、1821年、334ページ 〔邦訳、小泉信三訳、岩波文庫版。下巻、19ページ〕。

 われわれはリカードが、デステュットにたいして、彼自身のより深い意味を押しつけていることだけを示唆しておく。デステュットは、事実、一方では富をなす一切の物が「これを作り出した労働を代表する」と言っているが、他方では、それらの物が、その「二つのちがった価値 zwei verschiedenen Werte」(使用価値と交換価値)を「労働の価値 Wert der Arbeit 」から得ると言っている。彼は、これをもって、俗流経済学の浅薄さに堕ちている。俗流経済学は、一商品(この場合労働)の価値を前提して、これによって後で他の商品の価値を規定しようとするのである。リカードは彼をこう読んでいる、すなわち、使用価値においても交換価値においても、労働(労働の価値ではない)が示されていると。しかし彼自身は、同じく二重に表示される労働の二重性を区別していない。したがって、彼は、「価値と富、その属性の相違」という章全体にわたって、苦心してJ・B・セイ程度の男の通俗性と闘わなければならない。したがって、最後にまた彼は、デステュットが、彼自身と価値源泉としての労働について一致するが、また他方で価値概念についてセイと調和することを、大変に驚いている。



(32) 古典派経済学に、商品の、とくに商品価値の分析から、まさに価値を交換価値たらしめる形態〔 Form:形式 〕を見つけ出すことが達成されなかったということは、この学派の根本欠陥の一つである。A・スミスやリカードのような、この学派の最良の代表者においてさえ、価値形態は、何か全くどうでもいいものとして、あるいは商品自身の性質〔Natur der Ware selbst 〕 に縁遠いものとして取り扱われている。
 その理由は、価値の大いさの分析が、その注意を吸いつくしているということにだけあるのではない。それはもっと深いところにある。労働生産物の価値形態は、ブルジョア的生産様式のもっとも抽象的な、だがまたもっとも一般的な形態であって、この生産様式は、これによって社会的生産の特別なる種として特徴づけられ、したがって同時に歴史的に特徴づけられているのである。したがって、もし人あって、これを社会的生産の永久的な自然形態と見誤るならば、必然的に価値形態の、したがってまた商品形態の、さらに発展して、貨幣形態、資本形態等の特殊性をも看過することになる。それゆえに、労働時間による価値の大いさの秤定について全く一致する経済学者に、貨幣、すなわち一般的等価の完成体についての、もっとも混乱した、そしてもっとも矛盾した観念を見ることになるのである。このことは、はっきりと、例えば銀行制度の取扱いにあらわれる。ここでは、貨幣の陳腐な定義だけでは、もはや間に合わなくなる。反対に、価値を社会的形態とだけ考え、あるいはむしろその実体のない幻影としか見ないような新装の重商主義(ガニール等々)が、ここに発生した。―これを最後にしておくが、私が古典派経済学と考えるものは、W・ペティ以来の一切の経済学であって、それは俗流経済学と反対に、ブルジョア的生産諸関係の内的関連を探究するものである。俗流経済学は、ただ外見的な関連のなかをうろつき廻るだけで、いわばもっとも粗けずりの現象を、尤もらしくわかったような気がするように、またブルジョアの自家用に、科学的な経済学によってとっくに与えられている材料を、絶えず繰り加えして反芻し、しかもその上に、ブルジョア的な生産代理者が、彼ら自身の最良の世界についてもっている平凡でうぬぼれた観念を、体系化し、小理窟づけ、しかもこれを永遠の真理として宣言する、ということに限られているのである。



(33) 「経済学者たちは一種独特のやり方をするものだ。彼らにとっては、制度に二種類があるだけである。人工的なそれと自然的なそれである。封建体制の制度は人工的のそれであり、ブルジョアジーの制度は自然的である。彼らはこの点では神学者に似ている。彼らも同じように二種の宗教をたてる。彼らの宗教でない宗教は、すべて人間の作ったものであるが、彼ら自身の宗教は神の啓示である。―かくて、歴史はそのようにつづいたのであるが、もはや歴史は終わった」(カール・マルクス『哲学の貧困。プルードン氏の″貧困の哲学″に答えて』1847年、邦訳、山村喬訳。『哲学の貧困』岩波文庫版、132-133ページ。新潮社版『選集』第3巻、93-94ページ〕)。古代ギリシア人やローマ人が掠奪だけで生きていたと思っているバスティア氏は、まことにおかしい考え方だ。しかし、もし数世紀を通じて掠奪で生きられるとすれば、絶えず何か掠奪さるべきものが、そこになければならない。いいかえれば、掠奪の対象が継続的に再生産されなければならない。したがって、ギリシア人もローマ人も、一つの生産過程をもっていたようである。したがって、ブルジョア経済が今日の世界の物質的基礎をなしているのと全く同じように、彼らの世界の物質的基礎をなしていた経済をもっていたようである。それともバスティアは、奴隷労働にもとづく生産様式が、一つの掠奪体制によるものであるとでも考えているのだろうか? こうなると、彼の立っている土台があぶないことになる。アリストテレスほどの巨人思想家が、奴隷労働の評価において過っているとすれば、バスティアのようなこびと経済学者が、どうして賃金労働の評価において
正しいことをいえようか?―私はこの機会を摑んで、私の著書『経済学批判』(1859年)の刊行に際して、一ドイツ語アメリカ新聞によってなされた抗議を駁しておきたい。この新聞は、こういうのである、私の見解、すなわち、一定の生産様式とこれにつねに相応する生産諸関係、簡単にいえば「社会の経済的構造が、法律的政治的上部構造のよって立ち、かつこれにたいして一定の社会的意識形態が相応する現実的基礎である」ということ、「物質的生活の生産様式が社会的政治的および精神的生活過程一般を条件づける」〔邦訳、岩波文庫版、13ページ。新潮社版『選集』第7巻、54ページ〕ということ、―すべてこれらのことは、物質的利益が支配している今日の社会にとっては正しいが、カトリック教が支配していた中世にたいしても、政治が支配していたアテネやローマにたいしても、当たらないというのである。まず第一に、おかしなことは、中世と古代世界にかんする、よく人の言うこれらのきまり文句を、誰か知っていない者がいると、前提したがる男がいることである。これだけのことは明らかである。すなわち、中世はカトリック教によって生きていられたわけでなく、古代世界は政治によって生きえたのでもない。彼らがその生活を維持していた仕方が、逆に、なぜ古代に政治が主役をつとめ、なぜ中世にカトリック教が主役であったかを説明するのである。なお、土地所有の歴史が、その秘密を語っているということを知るためには、例えばローマ共和国の歴史にそれほど通暁している必要はない。他方において、すでにドン・キホーテは、遍歴騎士が、社会のどんな経済形態とでも同じように調和するものだ、と妄信していた誤りにたいして、充分につぐないをうけた。

一部の経済学者が、どんなに商品世界に付着している物神礼拝、または社会的な労働規定の対象的外観によって、謬(あやま)らされたかということを証明するものは、ことに、交換価値の形成における自然の役割についてなされた、退屈で愚劣な争論である。交換価値は、ある物の上に投ぜられた労働を表現する一定の社会的な仕方であるのだから、それはちIつと為替相場と同じように、少しの自然素材も含みえない。
 商品形態は、ブルジョア的生産のもっとも一般的でもっとも未発達の形態であり、そのために商品形態は今日と同じように支配的で、したがって特徴的な仕方ではないが、すでに早く出現しているのであるから、その物神的性格は、比較的にはもっと容易に見破られていいように思われる。より具体的な形態を見ると、この単純さの外観すら消える。
重金主義の幻想はどこから来たか? 重金主義は、金と銀とにたいして、それらのものが貨幣として一つの社会的生産関係を表わしているが、特別の社会的属性をもった自然物の形態で、これをなしているということを見なかった。
そして上品に重金主義を見下している近代経済学も、資本を取扱うようになると、物神礼拝につかれていることが明白にならないか?地代が土地から生じて、社会から生ずるものでないという重金主義的な幻想は、消滅して以来どれだけの歳月を経たか?

 ・・・以下省略・・・