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Formwechselー Stoffwechsel

 

文献資料 『資本論』の物質代謝


→ 『資本論』の物質代謝
 自然と労働の物質代謝



  形態変化と物質代謝


a 商品の変態
1. 商品の交換過程は、矛盾したお互いに排除し合う関係を含んでいることを知った。商品の発達は、これらの矛盾を止揚しないで、それが運勤しうる形態を作り出している。これがとりもなおさず、一般に現実の矛盾が解決される方法である。例えば、ある物体が不断に他の物体に落下しながら、同じく不断にこれから飛び去るというのは、一つの矛盾である。楕円は、その中でこの矛盾が解決され、また実現されてもいる運動形態の一つである。
2. 交換過程は、諸商品を、それが非使用価値である持ち手から、使用価値となる持ち手に移すかぎり、社会的な物質代謝である。ある有用な労働様式の生産物が、他のそれとかわる。商品はひとたび使用価値として用いられる個所に達すると、商品交換の部面から消費の部面にはいる。ここでわれわれの関心事となるのは、前の方の部面のみである。したがって、われわれは全過程を、その形式的側面 Formseiteから、したがって、ただ商品の形態変化または社会的物質代謝を媒介する、その変態をのみ、考察しなければならぬ。
3. この形態変化を、きわめて不充分にしか理解しないのは、価値概念そのものにかんしてはっきりしていないのを別とすれば、次の事情によるのである。すなわち、ある商品の形態変化は、すべて二つの商品、すなわち、普通の商品と貨幣商品の交換において行なわれるということである。この素材的要素である商品と金との交換をのみ固執すると、人は、まさに見なければならぬもの、すなわち、形態について起こることを看過する。金は単なる商品としては貨幣でないということ、そして他の諸商品自身がその価格を金で表わすことによっ
て、金は商品そのものの貨幣態容Geldgestaltとなっているということ、人はこれを見のがしている。


7. 商品の交換過程は、こうしてつぎのような形態変化をなして遂行される。
   商品―貨幣―商品
    W - G - W
12. 分業は、労働生産物を商品に転化する。そしてこのことによって、労働生産物の貨幣への転化を必然的にする。この分業は同時に、この化体が成就するかどうかを、偶然的のものにする。だが、ここでは現象が純粋に考察さるべきである。したがって、その正常な進行が前提さるべきである。そこで、ことは、ともかく滑かに進行し、したがって、商品は売れ残るようなことがないとすれば、その形態変化がつねに行なわれているということになる。むろん、この形態変化が正常に行なわれないことになれば、実体―価値の大いさ―が失われたりするかもしれない。


■物質代謝
1-第2節 商品に表わされた労働の二重性
1-
2-7  だが、上衣にとっては、それを裁縫職人が着るか、その顧客が着るかは、どうでもいいことなのである。そのいずれのばあいでも、上衣は使用価値として作用している。同じように、上衣とこれを生産する労働との関係は、それ自身としては、裁縫が特別の職業となること、社会的分業の独立の分肢となることによって、変化することはない。着物を着るという欲望が人間に強要するかぎり、人間は、ある男が裁縫職人となる以前に、幾千年の永きにわたって裁縫した。しかしながら、上衣・亜麻布等、自然に存在しない素材的富のあらする要素が現存するようにたったことは、特別な人間的要求に特別な自然素材を同化させる特殊的な目的にそった生産活動によって、つねに媒介されなければならなかった。したがって、使用価値の形成者として、すなわち、有用なる労働としては、労働は、すべての社会形態から独立した人間の存立条件であって、人間と自然との間の物質代謝を、したがって、人間の生活を媒介するための永久的自然必然性である。


3-
 a 商品の変態
2. 交換過程は、諸商品を、それが非使用価値である持ち手から、使用価値となる持ち手に移すかぎり、社会的な物質代謝である。ある有用な労働様式の生産物が、他のそれとかわる。商品はひとたび使用価値として用いられる個所に達すると、商品交換の部面から消費の部面にはいる。ここでわれわれの関心事となるのは、前の方の部面のみである。したがって、われわれは全過程を、その形式的側面から、したがって、ただ商品の形態変化または社会的物質代謝を媒介する、その変態をのみ、考察しなければならぬ。
4-
8. W-Wなる運動、商品の商品にたいする交換は、その素材的内容からいえば、社会的労働の物質代謝であって、その結果としてこの過程自身が消滅する。
最後
5-
21. 商品流通は、形式だけでなく、本質的にも、直接的な生産物交換とはちがっている。その進行過程を、ちょっと見てみればわかる。亜麻布織職は、無条件に亜麻布を聖書と、自分の商品を他人のそれと交換した。しかし、この現象は、彼にとって真実であるだけである。冷いものより熱いものを選んだ聖書販売人は、亜麻布を聖書に代えようとは考えてもみなかった。ちょうど亜麻布織職は、小麦がその亜麻布と交換されたというようなことを、少しも知らないように。等々。Bの商品は、Aの商品に代わる。しかし、AとBとは、お互いにその商品を交換することはない。実際上AとBとが、お互いの間で交互に買い合うということも起こりうる。しかし、このような特別の結びつきは、決して商品流通の一般的関係から必ず生ずるわけではない。むしろ一方において、ここに示されているのは、商品交換が、直接的な生産物交換のもつ個人的地方的の限界を、どうして突き破り、人間労働の物質代謝を発展させるかということである。他方において、行動する各個人の手ではどうにもしがたい社会的な自然関連の大きな範囲が、発展してくる。織職が亜麻布を売りうるのは、ひとえに農民が小麦を売ったからであり、短慮者が聖書を売りうるのは、ひとえに織職が亜麻布を売ったからであり、火酒製造者が熱い水を売りうるのは、ひとえに他の者が永遠の生命の水を、すでに売ったからである、等々。
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  2. Zirkulationsmittel
a) Die Metamorphose der Waren
1. Man sah, daß der Austauschprozeß der Waren widersprechende und einander ausschließende Beziehungen einschließt. Die Entwicklung der Ware hebt diese Widersprüche nicht auf, schafft aber die Form, worin sie sich bewegen können. Dies ist überhaupt die Methode, wodurch sich wirkliche Widersprüche lösen. Es ist z.B. ein Widerspruch, daß ein Körper <119> beständig in einen andren fällt und ebenso beständig von ihm wegflieht. Die Ellipse ist eine der Bewegungsformen, worin dieser Widerspruch sich ebensosehr verwirklicht als löst.
2. Soweit der Austauschprozeß Waren aus der Hand, worin sie Nicht-Gebrauchswerte, in die Hand überträgt, worin sie Gebrauchswerte, ist er gesellschaftlicher Stoffwechsel. Das Produkt einer nützlichen Arbeitsweise ersetzt das der andren. Einmal angelangt zur Stelle, wo sie als Gebrauchswert dient, fällt die Ware in die Sphäre der Konsumtion aus der Sphäre des Warenaustauschs. Letztre allein interessiert uns hier. Wir haben also den ganzen Prozeß nach der Formseite zu betrachten, also nur den Formwechsel oder die Metamorphose der Waren, welche den gesellschaftlichen vermittelt.
3. Die durchaus mangelhafte Auffassung dieses Formwechsels ist, abgesehn von Unklarheit über den Wertbegriff selbst, dem Umstand geschuldet, daß jeder Formwechsel einer Ware sich vollzieht im Austausch zweier Waren, einer gemeinen Ware und der Geldware. Hält man an diesem stofflichen Moment, dem Austausch von Ware mit Gold, allein fest, so übersieht man grade, was man sehn soll, nämlich was sich mit der Form zuträgt. Man übersieht, daß Gold als bloße Ware nicht Geld ist und daß die andren Waren sich selbst in ihren Preisen auf Gold als ihre eigne Geldgestalt beziehn.



7. Der Austauschprozeß der Ware vollzieht sich also in folgendem Formwechsel:
Ware - Geld - Ware.
W - G - W.
Nach ihrem stofflichen Inhalt ist die Bewegung W - W, Austausch von Ware gegen Ware, Stoffwechsel der gesellschaftlichen Arbeit, in dessen Resultat der Prozeß selbst erlischt.

10. Die Teilung de Arbeit verwandelt das Arbeitsprodukt in Ware und macht dadurch seine Verwandlung in Geld notwendig. Sie macht es zugleich zufällig, ob diese Transsubstantiation gelingt. Hier ist jedoch das Phänomen rein zu betrachten, sein normaler Vorgang also vorauszusetzen. Wenn es übrigens überhaupt vorgeht, die Ware also nicht unverkäuflich ist, findet stets ihr Formwechsel statt, obgleich abnormal in diesem Formwechsel Substanz - Wertgröße - eingebüßt oder zugesetzt werden mag.



 b) Der Umlauf des Geldes

1. Der Formwechsel, worin sich der Stoffwechsel der Arbeitsprodukte vollzieht, W - G - W, bedingt, daß derselbe Wert als Ware den Ausgangspunkt des Prozesses bildet und zu demselben Punkt zurückkehrt als Ware. Diese Bewegung der Waren ist daher Kreislauf. Andrerseits schließt dieselbe Form den Kreislauf des Geldes aus. Ihr Resultat ist beständige Entfernung des Geldes von seinem Ausgangspunkt, nicht Rückkehr zu demselben. So- <129> lange der Verkäufer die verwandelte Gestalt seiner Ware festhält, das Geld, befindet sich die Ware im Stadium der ersten Metamorphose oder hat nur ihre erste Zirkulationshälfte zurückgelegt. Ist der Prozeß, verkaufen um zu kaufen, vervollständigt, so ist auch das Geld wieder aus der Hand seines ursprünglichen Besitzers entfernt. All