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資本論用語事典2021
  形態学、生態学・生態系

   ダーウィンの生態学について 2021.04.25

社会生物学について

  文献資料
  奥野良之助著 『生態学入門』 創元社 1978年発行

   ダーウィンの主題 種の歴史性と適応 
 
  『種の起原』第3章 (岩波文庫p.84)
 「体制の一部が他の部分や生活条件にたいして示す、またある生物が他の生物にたいして示す絶妙な適応は、いかにして完成されたのであろうか。キツツキやヤドリギにおいては、これらのみごとな相互適応がもっとも明白にみられる。またそれよりごくわずかおとった程度にだが、獣の毛や鳥の羽に固着しているなわめてつまらぬ寄生虫にも、水にもぐる甲虫の体の構造にも、微風にただよっていくはねのある種子にも、みられる。要するに、われわれはみごとな適応を、生物界いたるところ、あらゆる部分で、みるのである。」

   『種の起原』 ダーウィンの群集論
 ダーウィンが1859年に『種の起原』を書いて生物の進化論を確立したことは、たいていだれでも知っている。しかし、その具体的な内容を理解している人は少ない。その責任の半分は、しかし、ダーウィン自身に持ってもらわねばならね。この本の中には、あいまいさと矛盾がたくさんつめこまれていて、我慢して読んでいっても、なかなか理解できないからである。もっとも、そこがまたダーウィンの魅力でもある。
 個体群――群集――生態系を「ある場所」と「まとまり」で割り切ったような本は、理路整然としているが少しも面白くない。
 私自身も、ダーウィンの思想の真髄はなかなかつかめないでいる。ここでは彼の進化論について論じることは止めて、その生態学的側面についてだけ考察してみたい。
 ダーウィンは、進化を解き明すために、自然淘汰説を出したことはよく知られている。自然淘汰を生物側から見ると生存闘争である。生物は、他の生物との間で「生存のための闘争」を行ない、勝ち残って進化し、敗れて亡びるのである。そして、その「生存のための闘争」が、ダーウィンの見た生物の生活の内容であり、そこにダーウィンの生態学が展開されているわけである。それは、第3章「生存闘争」、第4章「自然選択」の2章に述べられている。

  生存闘争

 第3章「生存闘争」は、自然界のいたるところで見られる生物の適応という現象の記述からはじまる。

 -引用62 ダーウィン-
  これらのことはすべて、次章でさらにくわしくのべるように、生活のための闘争の結果として生じるのである。生活のためのこの闘争によって、変異は、いかに軽微なものであっても、またどんな原因から生じたものでも、どの種でもその一個体にいくらかでも利益になるものであったら、他の生物および外的自然にこいする無限に複雑な関係において、その個体を保存させるようにはたらき、そして一般に子孫に受けつがれていくであろう。(八杉竜一訳、岩波文庫版、上84頁)

 ダーウィンは、生物が「生存のための闘争の結果として」進化すると考えた。その闘争は「他の生物および外的自然にたいする無限に複雑な関係において」行なわれる。これはそのまま、生態学の主要テーマである。そしてとくに、ダーウィンが「他の生物」と「外的自然」を区別していることに注意したい。これは、第1章で説明した、生物的環境と無機的環境の区別である。環境をこのように二重構造としてとらえたのは、ダーウィンが最初である。そしてその中で、生物的環境を主要なものと見る。そして次のような例を挙げる。
 ある寒い冬、ダーウィンの土地の鳥の五分の四が死んだ。しかし、その原因は、低温そのものではなく、低温が食物を減少させ、同じ食物をとる鳥同士の間の闘争をきびしくさせたからだという。ダーウィンは、低温というような無機的環境条件もまた、生物的環境をとおして生物に働きかける、と考えていた。そしてこのことは同時に、ダーウィンの″環境の主体としての生物″は群集ではなく――そうならば生物的環境は主体内部にとりこまれる――、個々の生物(種、もしくは個体)であることをも示している。
 もう一つのダーウィンのとらえ方は、それらの関係が「無限に複雑な」ものと考えていることである。自然の中での生物間の関係が、いかに複雑なものか、ダーウィンは多くの例で説明する。
 ある種のツメクサの受精には、マルハナバチの訪問が必要であり、マルハナバチの個体数はその巣を破壊するノネズミの数に左右される。ノネズミはネコの数によって支配されているから、ネコ――イネズミ――マルハナバチという連鎖を通じて、ツメクサの量が決定されていく。
 南米のパラグァイでは、牛や馬が野生にもどらない。産まれた子のへそに卵を産みつけるハエがたくさんいるからである。鳥がたくさんいると、ハエが少なくなる。すると牛や馬が野生化し、植生が変化する。昆虫が影響を受け、昆虫食の鳥がさらに変っていく。

 -引用63 ダーウィン-
 われわれはこの系列を食虫性の鳥類からはじめたのであるが、おわったところもそれなのである。自然界においてはつねに、関係はこのように単純ではありえない。たたかいのうちにまた、たたかいがくりかえしおこり、勝利もさまざまである。(p.98)

 自然界の中の複雑なつながり、というのは、現代の生態学者のお題目のひとつである。でもそれは、すでに1859年に、ダーウィンが明確な形で述べていたことである。そして、ダーウィンと現代の生態学者の大きなちがいは、そのつながりの総体が、群集もしくは生態系という有機体をつくっていると現代の生態学者は言い、ダーウィンは言わないところにある。
 それでは、このようなつながりの総体のことを、ダーウィンはまったく考えていなかったのだろうか。実はダーウィンもそれを認めていた。それが「自然の経済」という概念である。

  自然の経済  
  「自然の経済」は、エコノミー・オブ・ネイチュアの訳である。エコノミーという言葉には、経済・倹約などの他に、神学上の言葉として神意・摂理といった意味がある。堀伸夫は第6版の訳(槇書店、上・下)で、この言葉を「自然の理法」と訳している。しかし、のちに説明するように、「理法」では意味が通りにくい。
 ダーウィンがなぜここで、エコノミーなどという言葉を使ったのかは、よくわからない。ただ、自然の経済とまったく同じ意味で、ポリティ・オブ・ネイチュアという言葉も使っている。ホリティとは、政治・国家・政府などの意味がある。両者を合わせると、「自然の政治・経済」となって、ダーウィンは自然を一つの国家のようなものと考え、その中の複雑な関係をあらわすものとして、 「政治・経済」を使ったのではないかと考えられる・八杉竜一はその訳((岩波文庫版)の中で、ポリティを「国家」としているが、経済と並べた場合は、「政治」とするのが良いのではなかろうか。
 さて、国家の政治・経済という意味で、生物の複雑な諸関係の総体を考えているとすれば、今度はダーウィンの国家観が問題になってくる。『ダーウィン自伝』(ノラ・バーロウ編、八杉竜一・江上生子訳、筑摩書房)を読むと、キリスト教にも冷淡で、不信仰といってもいいくらいであり、とてもいわゆる″国家主義者″とは思えない。また当時のイギリスは、第一次産業革命がおわり、資本主義初期の発展期で、新興ブルジョワジーははげしい自由競争を行なっていた。これがダーウィンの生存闘争説をはぐくんだ土壌であるとともに、その進化論を受け入れた社会条件でもあった。ある意味で、民主的な自由な社会であったといえよう。もっともそれは国内だけの話であって、外の植民地に対しては、大英帝国として侵略をつづけていたわけではあるが。
 ダーウィンの頭にあった国家は、以上のような当時のイギリス社会であっただろう。それは、全体主義的国家のように、強力な統制のひかれている社会ではないが、個々ばらばらな個人のよせ集めといったものでもなかっただろう。群集有機体観と個別観の中間的なものと考えれば、ちょうどよいのかもしれない。このあたりも、ダーウィンのあいまいさ、不徹底さの出ているところで、さままざまな流派がダーウィンから出てくる原因となっているところである。
  自然の経済と場所
さて、ダーウィンは「自然の経済」、という言葉を、まったく説明ぬきでいきなり使いはじめる。そこで、その用法からその内容を汲みとらなければならない。いくつかの例を挙げておこう。

  -引用64 ダーウィン-
近年スコットランドの諸地方では、オオツグミがふえ、このためウタツグミがへった。気候がいちじるしくちがったためにネズミの一種が他の種にとってかわったということは、たびたびきかされることではないか。………われわれは、自然の経済においてほぼ同じ場所を占める、たがいに似た種類のあいだで、なぜ競争がもっともきびしいかについて、おぼろげに知ることができる。(八杉竜一訳、岩波文庫版、上p.103)

 近縁の種間の生存闘争という、ダーウィンの学説の最も重要な主題である。それをダーウィンは、「自然の経済」の中の「場所」のうばい合いというように見る。この考えは、『種の起原』の第3、4章を通じて一貫しており、くりかえし出てくる。

  -引用65 ダーウィン-
 なぜなら、あらゆる生物はいわば自然の経済のうちに自己の地歩を占めようと努力しているので、もしもある種がその競争者と相応した程度に変化、改良されなかったならば、その種はたちまちほろびてしまうだろうからである。(p.134)  

 ここでは「地歩」となっているが、原文は他と同じくプレース、つまり場所である。よりよく適応した種が出現すると、改良されていない種はその場所から追い出される。また、何らかの原因である種がいなくなったようなとき、それが島のような隔離されたところであれば、その種の占めていた「場所」が空くこともある。

  -引用66 ダーウィン-
  こうして、その国の自然の経済において新しい場所が、旧来の居住者が闘争し、構造および体質の変化によって適応していくために、開放されるようになる。(p.137)

 ガラパゴス諸島で、ダーウィンは、″ダーウィン・フィンチ″としていまでは有名な、ヒワ(小鳥)の仲間が、大陸ならもっとさまざまな鳥が占めるべき「場所」を占領しているのを観察した。くちばしの太短い、植物の実や種子を食べるように適応したヒワや、虫を専食するのに適したように、細長いくちばしを持ったヒワを見つけた。他からより適した種が来ない、隔離された島などでは、たくさんの「場所」が空いていて、それを一つの生物(ここではヒワ)が占有し、いくつかに分化していったのである。

   -引用67 ダーウィン-
  自然選択の作用は、その国の居住者で、ある種類の変化をこうむりつつあるものによって、よりよく占められる場所が、自然の国家のうちにあるかどうかに依存する。(p.141)
   種の数が無限に増加しているのでないことは、地質学によって明白にされている。……それは、自然の国家のうちにある場所の数が無限に多くはないからである。(p.143)

 ダーウィンの用語法を理解していただけただろうか。以上の引用のすべてにおいて、「自然の経済においてほぼ同じ場所を占める」とか「自然の経済において新しい場所が」とか「よりよく占められる場所が、自然の国家のうちにあるかどうか」といったように、必ず「場所」とともに使われている。第3、4章をとおして、「自然の経済」は12回使われているが、そのうち単独で使われたのは1回しかない。そして、「場所」の方は単独で数回使われている。
 この用法は何を意味するのだろうか。ダーウィンのテーマは、 「自然の経済」ではなく、その中の「場所」なのである。引用文のすべて(引用しなかったものも)において、主語は「自然の経済」ではなく、「場所」である。

  ダーウィンの群集論
 しかし、それならば「自然界における場所」というだけでもよさそうに思える。ダーウィンがわざわざ、「自然界」の代りに「自然の経済」という言葉を使っているのはなぜだろうか。
 ダーウィンの「場所」は、生物同士の複雑なからまり合いの中の「節目」である。そのからまり合いは、もちろん生物(種)がっくり出すものではあるのだが、逆に一つ一つの種がそこで生きていけるような「場所」ともなる。ばらばらな生物の単なる集まりであれば、そこには「場所」がなく、したがって進化もおこらない。 ダーウィンの自然の経済は、したがってまとまった全体、統一体というところに主眼があるのではなく、あくまで個々の場所をつくり出す、生物間の関係の総体、いわば種の進化というドラマの舞台、背景に当るものなのである。演技する主役は、個々の種である。
  「自然の経済」は、実体としては今日の群集と同じものである。しかし、その見方、認識の仕方は全然逆であって、主体としての種の生活条件なのである。決して、統一体でも有機体でもない。 ・・・・
 ダーウィンの「場所」は、・・・種がそれを占めようと、しのぎをけずって争い合うところであった。そして一種が占めれば、もう一つの種はそこから出ていかなければならなかった。一つの場所にいくつもの種が共存することは許されていないのである。逆にいえば、近縁のいくつもの種が共存していたとすれば、それは微妙なところで異なっている場所を、それぞれ占めていることになるのである。
  ・・・以下、省略・・・