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 巨大なる商品集合ー資本主義と労働者

資本の生産過程と労働者の資本主義社会について


  巨大なる ungeheuer    (2020.04.15)


 現行『資本論』第2版では、第1章は4つの節に区分されていますが、改めて読み直してみますと、 「物神性」の議論は、第1節から 始まっていることに気づかされます。
  冒頭商品に「
巨大なる ungeheure 商品集積 〔Warensammlung : 商品集合、商品の集まり〕」とあります。 このドイツ語 un・geheure の 「un」 は、形容詞につけてその反対・否定を意味しますので、 「 geheure (geheuer) :親しめる、 なじんだ 」 などの反対語となります。このようにいったん理解してから、「ungeheure(ungeheuer) 」 の単語を調べなおすと、 以下の訳語に出くわします。
 
ungeheuer :(形容詞)
 1.  とほうもない、ものすごい、恐ろしい、非常な
 2.  薄気味悪い、不気味な、( nichit geheuer:geheuer でない)
 さらに名詞形
Ungeheuer として 〔Uが大文字〕
  1. 怪物、怪獣
  2. 巨大なもの

  となります。(以上、小学館大独和辞典)
  したがって、「巨大なる商品集積」は、「ものすごい、恐ろしい(怪物的な)商品の集まり(商品集合)」として現われることになります。この文脈は直接的には、第4節の「商品の物神性」への導入・布石となっています。 この観点が、いままで見過ごされていました。というのも、
『資本論』第1版では、-『経済学批判』と同じように-第1章は第2版とは違って「節」ごとに区分されていません。
  第2版でマルクスは、「
妖怪のような対象性」 を追加することで<節~章>をまたがって 「ungeheuer 文脈の継続性」 を明示することを行なっているのです。 すなわち、
   
 
 「 われわれはいま労働生産物の残りを調べてみよう。もはや、妖怪のような同一の対象性以外に、すなわち、 無差別な人間労働の、いいかえればその支出形態を考慮することのない、人間労働力支出の、単なる膠状物 Gallert というもの以外に、労働生産物から何物も残っていない。」

 そしてこの「妖怪文脈」は、第4節 商品の物神性 へと続いてゆきます。
 
 「それゆえに、商品生産にもとづく労働生産物を、はっきり見えないようにしている商品世界の一切の神秘、一切の魔術と妖怪は、われわれが身をさけて、他の諸生産形態に移って見ると消えてなくなる。」 (岩波文庫p.137) のです。

 さらに、第5章 労働過程と価値増殖過程の第2節 価値増殖過程 第25段落では、いよいよ「
怪物」が登場します。
  
 「 資本家は、新たな生産物の素材形成物として、または労働過程の諸因子として役立つ商品に、貨幣を転化することによって、諸商品の死んだ対象性に生きた労働力を合体させることによって、価値を過去の対象化された死んだ労働を、資本に、自分自身を増殖する価値に、胸に恋でもあるように “作業し” はじめる生気ある怪物 Ungeheuer に、転化するのである。」(岩波文庫(二)p.37)

 そして、第13章 機械装置と大工業 第1節 機械装置の発達 「
機械経営」では、
 
 「 配力機装置を介してのみ中心的な自動装置からそれぞれの運動を受取る諸作業機の組織された体系となれば、機械経営はそのもっとも発達した態容(Gestalt:すがた)をもつことになる。ここでは個々の機械にかわって一つの機械的怪物 Ungeheuer が現われ、その体躯は工場の建物をいっぱいに充たし、そしてその悪魔的な力は、初めは、その巨肢の荘重ともいうべき整った運動によって隠されているが、その無数の本来の作業器官の熱病的な狂想旋舞において爆発する。」 (岩波文庫(二)p.341)に至ります。

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