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『資本論』翻訳問題-交換価値の表現方式 更新1. 2020.12.10
表現方式 Ausdrucksweise と数式の仕方(方式)
-方程式の分析を通じて価値を導き出す-
資本論ワールド 編集部
資本論ワールド探検隊は、2016年に「資本論ワールド」を創刊しました。刊行の目的のひとつは、『資本論』の翻訳問題です。特に第1章第1節は、あらゆる意味で『資本論』の精髄が込められていますので、困難を極めています。マルクス自ら述べるように、
1).
「 すなわち、私が用いた分析の方法は、まだ経済上の問題に適用されたことのなかったものであって、初めての諸章を読むのはかなりむずかしいのです。それでこういうおそれがありましょう。すなわち、フランスの読者は、結末を知るのにいつも気をあせり、一般原則と自分たちの現に心を奪われている問題との関連を識るに急であるために、つづけて読むのを厭うようになるであろうということです。というのは、彼らにすぐ最初のところで一切がわかるというわけではないのですから。・・・
真理を求めている読者に心の準備をさせておくほかありません。学問には坦々たる大道はありません。そしてただ、学問の急峻な山路をよじ登るのに疲労こんぱいをいとわない者だけが、輝かしい絶頂をきわめる希望をもつのです。」(フランス語版にたいする序文と後書,
1872年3月18日)
2).
「 第1章第1節で、一切の交換価値が表現される方程式の分析〔Analyse der Gleichungen〕を通じて価値を導き出すことは、科学的にずっと厳密にやっておいた〔wissenschaftlich strenger durchgeführt〕。
同じく、第1版で示唆を与えただけにとどまっていた価値実体と社会的に必要なる労働時間による価値の大きさの規定との間の関連は、はっきりと強調しておいた。第1章第3節(価値形態)は全部書き改めた。・・・ 第1章の最期の節「商品の物神的性格云々」大部分書き改めた。第3章第1節(価値の尺度)には綿密な訂正を加えた。」(第2版の後書,1873年1月24日)
この2つの課題に取り組んでいきます。
第1に、日本文化と異質な“西洋思考”の探究です。実際に翻訳された『資本論』訳の分析を通して、迫ってゆきます。
第2に、「一切の交換価値が表現される方程式の分析を通じて価値を導き出すこと」を、追跡調査によって明らかにし、「価値形態-価値の形式または交換価値」の再評価・検討を行うことです。
『資本論』研究史上、はじめての課題ともなりますが、探検隊のみなさんと今年5年目の総締めくくりとなります。 (2020.11.26 作業中)
■目次
表現方式 Ausdrucksweise と数式の (Ausdrucks) 仕方(方式) (weise)
第1章 交換価値の「表現方式 Ausdrucksweise 」の検討
第2章 「表現方式 Ausdrucksweise」の翻訳問題
→「数式 Ausdruck (で表現された内容)の仕方・方法 weise」としての「現象の形式 "Erscheinungsform" 」
第3章 「交換価値が表現される方程式の分析」
・・・・・・・ ・・・・・・・・・
■ 表現方式 Ausdrucksweise と数式 Ausdruck の仕方 weise(方式)
第1章 交換価値の「表現方式 Ausdrucksweise 」の検討
第1節 交換価値の背理・“形容矛盾 contradictio in adjecto”と-
交換価値の論理構成-方程式の表示方法—の展開
商品の交換価値は互いに交換関係にあるが、「純粋に 相対的なるものであって、商品に内在的な、固有の交換価値(valeur intrinseque)という
ようなものは、一つの背理・ “形容矛盾contradictio in adjecto” と思われる。」 この背理・形容矛盾を詳細に考察することから、『資本論』第1章第1節-翻訳問題-が展開されてゆきます。(第1章第1節はこちら)
本文を読んでみましょう。
■交換価値の論理構成の展開・・・量的比例関係を方程式で表示・・・
『資本論』第1章第1節第6段落
「 交換価値は、まず第一に量的な関係 〔das quantitative Verhältnis:量的比例〕 として、すなわち、ある種類の使用価値が他の種類の使用価値と交換される比率 〔die Proportion:比〕 として、すなわち、時とところとにしたがって、絶えず変化する関係として、現われる。したがって、交換価値は、何か偶然的なるもの、純粋に相対的なるものであって、商品に内在的な、固有の交換価値(valeur intrinseque)というようなものは、一つの背理 (contradictio in adjecto : 形容矛盾)のように思われる。われわれはこのことをもっと詳細に考察しよう。」
(★注1:なお、「contradictio in adjecto 」の翻訳として、向坂訳は「背理」、他の訳者は「形容矛盾」としています。この検討はこちらを参照してください。2020.12.08更新)
1. 1 クォーター小麦の交換 例題と価値方程式の成立
(1) 第1章第1節 第6段落
「 一定の商品、1クォーターの小麦は、 例えば、x量靴墨、またはy量絹、またはz量金等々 と、簡単にいえば他の商品と、きわめて雑多な割合で交換される。このようにして、小麦は 、唯一の交換価値のかわりに多様な交換価値をもっている〔①〕。 しかしながら、x量靴墨、同じく y量絹、z量金等々は、1クォーター小麦の交換価値であるのであるから、x量靴墨、y量絹、z 量金等々は、相互に置き換えることのできる〔②〕交換価値、 あるいは相互に等しい大いさの交換価値〔③〕であるに相違ない。
したがって、第一に、同一商品の妥当なる交換価値は、一つの同一 物を言い表している〔④〕。 だが、第二に、交換価値はそもそもただそれと区別さるべき 内在物の 表現方式〔⑤〕〔Ausdrucksweise:表現・数式の仕方〕、すなわち、その「現象形態 Erscheinungsform 〔現象の形式 : 現われ方の Form/型枠・方式〕〔⑥〕でありうるにすぎない。」
マルクスはこのように、1クォーター小麦を商品交換の例題として取り上げています。
[小麦]は、 ① 多様な交換価値をもっている、 ② 相互に置き換えることのできる、 ③ 相互に等しい大いさ、であるから、 第一に、④ 一つの同一 物であり、第二に、 ⑤ それ自体と区別される内在物の表現の仕方、 ⑥ 現象の形式 Erscheinungsform を表わしています。
この 「⑥ 現象の形式 Erscheinungsform 」は、第1節冒頭の「個々の商品はこの富の成素形態 Elementarform として現われる 〔erscheint の名詞形:Erscheinung〕 」と連動して、つぎのように解釈されます。すなわち、
「個々の商品は、この富の Elementar/構成要素の form/形式 で 〔の姿・形をとって-現象して〕
現われる erscheint ー (現われる erscheint の名詞形が、現象 Erscheinung です)」
また、『資本論』第2版序文の観点から、「一切の交換価値が表現される方程式の分析〔Analyse der Gleichungen〕を通じて価値を導き出すことは、科学的にずっと厳密にやっておいた」論点に焦点をしぼってみると、「第7段落の方程式 Gleichung」の前段階としての位置づけが明白となります。
すなわち、
① 質的に異なる諸商品が「相互に等しい大いさ」となり、 ② , ③ 「相互に置き換えられる」ことによって、比例的・量的実在となります。 ④ 「したがって、第一に、同一商品の妥当なる交換価値 〔諸交換価値〕 は、一つの同一物 ein Gleiches を言い表している。」 ④ 「一つの同一物ein Gleiches 」=「内在物」の共通関係が形成され、 ⑤ 「表現方式 Ausdrucksweise」=(数)式Ausdruckとして表せる仕方weise(方式)となり、 ⑥ 「 現象形態 "Erscheinungsform" 現象の形式 form (形式化) 」として表わしています。
このような手続きを経て、商品・小麦の交換関係は、「方程式 Gleichungに表わす」ことができます。
(なお、⑤「表現方式 Ausdrucksweise」=(数)式として表せる仕方(方式)については、第7段落を参照してください)
続いて
(2) 第7段落は、第6段落に続けて交換価値の論理構成の展開・・・量的・数的展開・・・
「 さらにわれわれは二つの商品、 例えば小麦と鉄をとろう。その交換関係 Austauschverhältnis がどうであれ、 この関係は
つねに一つの 方程式 Gleichung に表わすことができる。そこでは与えられた小麦量は、なんらかの量の鉄に等置される 〔gleichgesetzt:同一視する 〕 。 例えば、1クォーター小麦 = a ツェントネル鉄 というふうに。」
〔 Nehmen wir ferner zwei Waren, z.B. Weizen und Eisen. Welches immer ihr
Austauschverhältnis, es ist stets darstellbar in einer Gleichung, worin
ein gegebenes Quantum Weizen irgendeinem Quantum Eisen * gleichgesetzt wird, z.B. 1 Quarter Weizen = a Ztr. Eisen.
(* gleichgesetzt :gleichsetzen (・・・を・・・と)同一視する、同等に扱う) → z.B. 例えば、1 Quarter Weizen = a Ztr. Eisen. : すなわち、1クオーター小麦と a ツェントネルの鉄を同一視するための数式表示〕
こ の方程式は何を物語るか?
二つの異なった物 zwei verschiednen Dingenに、すなわち、1クォーター小麦にも、同様にaツェントネル鉄にも、④ 同一大いさのある共通なものがある 〔 同一視することにより、共通なものがある 〕 ということである。したがって、⑤ 両つのものは一つの第三のものに等しい。この第三のものは、また、それ自身 としては、前の二つのもののいずれでもない。 両者のおのおのは、交換価値である限り、こ
うして、⑤ この第三のものに整約しうる 〔 reduzierbar : reduzieren(数学)約分する、簡約する. (化学)還元する 〕 のでなければならない。」 ・・・以上、方程式が物語る内容・・・
「小麦と鉄の交換関係は、一つの方程式-1クォーター小麦 = a ツェントネル鉄-に表わすことができる。
この方程式は、「同一大いさのある共通なもの」がある。 (「共通なもの」の詳細はこちらを参照)
小麦と鉄は、交換価値であり、第三のものに約分/還元できる。すなわち(価値)方程式で表現できる。」
(3) 内在物の「 現象の形式 Erscheinungsform 」 は、
「第三のものに還元する」形式-量的・数的形式 に変換
すなわち 「この方程式は何を物語るか?」ー
「現象形態 Erscheinungsform 〔現象の形式〕」は、ー「内在物 Gehalts の表現方式ーすなわち内在物を量的・数学的表現方法で表わす仕方」の変換によって、「第三のものに整約・還元する」方式・仕方〔⑤〕〔Ausdrucksweise:表現・数式の仕方〕 を構築してゆきます。この一連の文脈の“流れ”を、マルクスは改めて量的・数学的に、一つの簡単な幾何学上の例-直線形の面積計算を三角形の面積計算の事例を参考にして「還元・約分」を行います。
第8段落において 商品の交換関係である 「こ の方程式 1クォーター小麦 = a ツェントネル鉄」 を、数学的表現方法-簡単な幾何学上の例-を利用しながら、「直線形の面積比較を三角形に解いていく」方法 Weise を参照しています。
「 直線形と三角形の面積比較では、④ 同一大いさのある共通なものがあるということである。したがって、⑤ 両つのものは一つの第三のものに等しい。この第三のものは、また、それ自身としては、前の二つのもののいずれでもない。」 こうして、「小麦と鉄の交換価値の量的表現」は、数学的表現方法の“計算方式”で表現されます。
三角形面積の計算方法 - 計算の仕方 Weise =(底辺×高さ÷2)に還元され、直線形面積・量は、数式 Ausdruck (底辺×高さ÷2)に約分・還元されてゆきます。 (なお、ドイツ語の(数)式Ausdruckの動詞形ausdrückenの用例として、換言すれば:um es anders auszudrücken, ユーロに換算して:in Euro ausgedrckt, などが見られます。小学館独和大辞典。)
〔*しかしながら、1830~1860年、非ユークリッド幾何学の形成・登場によって事態は大きく変貌してゆきます。三角形面積の計算方法の公式(底辺×高さ÷2)は、球面幾何学など非ユークリッド幾何学では、大きく変わってきます(リンク先はこちら)。こうして、第3節の“価値形態”論が新たに展開されてゆきます。〕
さて、ここでいったん「翻訳語」の整理を行ってから、「一切の交換価値が表現される方程式の分析を通じて価値を導き出す」分析(第3節)に立ち返ってゆきます。
第2章 「表現方式 Ausdrucksweise 」と「現象形態」の翻訳問題
内在物の「現象形態 "Erscheinungs-form (現象の形式) " 」
→「数式 Ausdruck (で表現された内容)の仕方・方法 weise」
1. 第6段落の翻訳問題です。
「1クォーター小麦の交換価値は多様な交換価値を持つが、交換価値はそれと区別されるべき内在物の表現方式、すなわち、その ”現象形態” 」とあります。ここで翻訳問題として取り上げるキーワード群をドイツ語辞書を参照しながら、詳細に探索してゆきます。
「内在物の表現方式、すなわち現象形態」を分解すると、
(1) 内在物 Gehalt : (cf. Gehalt und Form 内容と形式 )
(2) 表現方式 Ausdrucksweise
(3) 現象形態 Erscheinungsform
(2) 「表現方式」のドイツ語原本は、「Ausdrucksweise」ですが、これは「Ausdruck」と「Weise」の2語からなる合成語です。「Ausdruck」は、一般的に独和辞典では「表現」となります。「Weise」は、「やり方,
方式, 方法」です。しかしながら、ドイツ語辞書類(独日辞書)によっては、以下の訳語が列挙されています。
■ 大独和辞典 博友社版 相良守峯編
1958年6月20日初版, 2005年3月3日 39刷発行
Ausdruck
1. 表現, 表出, 表示, 2. 言葉, 語句, 3. (顔・目・口調などの)表情
4. 式, 〔数式〕
■ クラウン独和辞典 三省堂 和田春夫編集主幹
2014年1月1日第1刷発行
ausdrücken (英:express)
1. 表現する, 換算する
Wie viel machat das in Euro ausgedrückt ?
ユーロに換算するといくらになりますか.
■ 医学・薬学・化学領域の
独英和活用大辞典 日独英三か国語対照
岐阜薬科大学名誉教授 河辺 実 編著 廣川書店 平成4年11月15日第4刷発行
Ausdruck expression
表現, 表出, 表示, ことば, 語句, 語法 ; (化学・数学の) 式
■ 和独大辞典 博友社版 文学博士 木村謹治著
1952年4月20日初版, 1993年2月1日 37刷発行
・ shiki ( 式 ) 〔Ausdruck〕
5. 〔数理の〕 die Formel, pl. -n ; der Ausdruck.
単項式 der monomische Ausdruck.
有理式 der rationale Ausdruck.
無理式 der irrationale Ausdruck.
*** *** ***
2. 第6段落の後半部分の「表現方式」
「 したがって、第一に、同一商品の妥当なる交換価値は、一つの同一 物を言い表している〔④〕。だが、第二に、交換価値はそもそもただそれと区別さるべき 内在物の 表現方式〔⑤〕〔Ausdrucksweise:表現の仕方〕、すなわち、その「現象形態 Erscheinungsform〔現象の形式〕〔⑥〕でありうるにすぎない。」を以下のように検討してみます。
A 表現方式 Ausdrucks-weise : 数式のやり方(表わし方)
B 現象形態 Erscheinungs-form : 現象の形式(方式、表現する場合の仕方)
■第3章 「交換価値が表現される方程式の分析」 ・・・作業中です・・・
「第1章第1節で、一切の交換価値が表現される方程式の分析 〔Analyse der Gleichungen 〕 を通じて価値を導き出すことは、科学的にずっと厳密にやっておいた〔wissenschaftlich strenger durchgeführt〕。」(第2版の後書)
1. 第1章第1節 第7段落ー
「 さらにわれわれは二つの商品、 例えば小麦と鉄をとろう〔*注〕。その交換価値がどうであれ、 この関係 〔Austauschverhältnis:交換関係〕 は つねに一つの 方程式Gleichung に表わすことができる。そこでは与えられた小麦量は、なん らかの量の鉄に等置される。 例えば、1クォーター小麦 = a ツェントネル鉄 というふうに。
こ の方程式は何を物語るか?
二つのことなった物 〔 質的に異なった物 〕 に、すなわち、1クォーター小麦にも、同様にaツェントネル鉄にも、同一大いさのある共通なものがあるということである。したがって、両つのものは一つの第三のものに等しい。この第三のものは、また、それ自身 としては、前の二つのもののいずれでもない。
両者のおのおのは、交換価値である限り、こ うして、この第三のものに整約しうる 〔約分・還元しうる〕 のでなければならない。」
〔*注〕 「さらにわれわれは二つの商品、 例えば小麦と鉄をとろう。」、この場合の「例えば」は、慎重に検討しなければなりません。資本論ワールド編集部では、第3節価値形態論との関連で分析を行っています。
→こちらも参照してください。