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 資本論用語事典2021
 元素Element概念形成史の原子論
 元素Elementの分類と組織化Elementarform(3)

  現代の「元素」と「原子」-Elementarform 形成史

  元素から見た 
化学と人類の歴史 ー 周期表の物語

  
アン・ルーニー Anne Rooney 著 原書房 2019年発行 


元素Elementの分類と組織化(1)
 元素の分類と組織化(2)- 周期律・表
物質としての生命

  

    資本論ワールド 編集部

  『資本論』科学史の中心テーマの一つに「個々の商品はこの富の成素形態
Elementarform として現われる」事態を、具体的に理解してゆくことにあります。

1.  「成素形態(または要素形態)」と日本語に翻訳された「 Elementarform 」は、「Element」と「Form」の二つの言葉(科学言語)から合成されています。
  *
Element
 
古代ギリシャ・アリストテレスなどの時代に「 Element (元々はラテン語で、語源のギリシャ語:stoicheion ストイケイオン・元素, 構成要素)」は、「世界と自然の成り立つ根源」を言い表わすのに用いられました。
  
*Form
 「 Form 」は、実体(ousia ウーシア)を構成する2要因(質料と形相)で、ある対象-例えば銅像-を素材の青銅を“
質料 hylē ”と言い、その像の感覚的な型を “ 型式 morphē”で表わします。その一方で、事物を構成する基体としての“質料 hylē ”に対して- “形相 eidos” は、素材・質料・型を限定してゆく原理として形相 eidos型式 morphē”)は、中世ラテン語から「Form」に成長していきます。(アリストテレス『形而上学』(岩波文庫p.230))

2.  「Element」は、対象の構成要因である究極的原理・根源を表現する意味合いが強いのに比べ、「Form」は、“質料 hylē ”とセットに――前提・想定された場合の“形相 eidos”として理解されてゆきます。ここから、形相-形式-(質料に対する)形態化-動詞形 formen で、形づくる-英語では動詞形 form で、~を形作る-などと成長・発展してきました。

3.  『資本論』に登場する 「Elementarform」 は、マルクス独自の用法で活用されています。
 「資本主義的生産様式〔 kapitalistische Produktionsweise:
資本制生産の方法〕の支配的である社会の富は、「 巨大なる商品集積〔”ungeheure Warensammlung":そら恐ろしい, 不気味な商品の集まり・集合 〕」として現われ、個々の商品はこの富の 成素形態 〔Elementarform:元素の形式〕 として現われる erscheint。したがって、われわれの研究は商品の分析 〔 すなわち、Elementarformの分析-現象形式の分析〕 をもって始まる。

4. 今回紹介する 周期表の物語 『化学と人類の歴史』 は、元素 Element から見た「西洋科学史」を簡潔明瞭に、しかも化学史の実例を伴ないながら、周期表- Elementarform - が成立してゆく人類の「科学的認識過程」が克明に記述されています。


5.
  この著書によって、私たちは元素 Element の発見と 元素の分類・組織化 Elementarform を人類の認識過程として学ぶことができます。そして『資本論』第1巻「資本の生産過程」を資本主義社会の発見と資本制生産の有機的組織化のメカニズム-価値方程式の形成として理解が可能となります。

     
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  現代の「元素」と「原子」-Elementarform 形成史

  元素から見た 
化学と人類の歴史 ー 周期表の物語


    物質進化 - 古代から
21世紀の周期表物語
  目次
 はじめに
 組織化の原理
 第1章 物質とは何か?
 第2章 中世までに利用されていた元素
 第3章 空気を調べてわかった物質の本性
 第4章 新しい元素
 第5章 微粒子から元素へ
 第6章 秩序を求めて
 第7章 原子の謎、解明される
 第8章 元素を変化させる
 第9章 天上の元素工場
 おわりに 全と無
  ・・・ ・・・  ・・・  ・・・

  
 はじめに
  ■ 組織化の原理

    〔物質世界に、周期表が秩序をもたらした
 私たちを取り巻く世界は、さまざまなものに満ち溢れている。生物にせよ無生物にせよ、「もの」は数百万種類の化学物質から作られている。だが、これらの化学物質はどれも、「化学元素」と呼ばれるごく少数の原料でできている。今日私たちは、
118種類の元素がすべての物質を作っているというモデルを使っている。このモデルでは、各元素には固有の原子があり、元素の性質は原子の構造によって決まっている
 さまざまな元素がありとあらゆるかたちで結びついて、自然界に存在する、あるいは、工場や実験室で生み出される、すべての化合物を形作る。
 天文学者ウィリアム・ハギンズは、元素は地球にとどまらず、宇宙の全域に行き渡っている根本的なものであることを認識していた。彼が言う「普遍的な化学」は、この200年の間に人類があげた卓越した成果のひとつである、
元素周期表に表されている。人間を取り巻く混沌とした物質世界に、周期表がどれほど秩序をもたらしたかは、科学の最大の物語のひとつだ。私たちが、化学元素がいかに振舞い、いかに結合するかを理解でき、元素が関与する化学過程がどのように進行するか予測できるのも周期表のおかげだ。この理解を私たちが真に自分のものにできれば、化学の力を利用してまったく新しい物質を作り出し、病気の治療から原子力の実用化まで、私たちの必要を満たす目的に利用することができる。


   ■ 
カオスから化学へ
      -元素の「周期律・表 ー
比例原理Elementの20世紀発展系

 私たちが現在使っている周期表は、これまでに作られた科学文書のなかで、最も濃密に情報が詰まったもののひとつだ。そこにはすべての元素が、対応する原子の構造で決まる順序に並べられている。
この原子の構造が、元素の性質と振舞いを決定している。だが、周期表が生まれたとき、誰も原子の構造など知らなかった。じつのところ、原子が存在するかどうかすら、誰にもわからなかったのだ。
  化学者たちが周期表の作成に取り組み始めたのは19世紀のことだが、物語ははるか以前に始まっていた。古代ギリシアの哲学者たちは、物質の性質について考察し、素朴な原子論と、私たちを取り巻くすべてのものは、ごく限られた数の、物質の「根」がさまざまな比で結合することによって形成されるという考え方を提唱した。古代から始まって近代の周期表に至る道は、楽でもなければ真っ直ぐでもなかった。それは2000年以上にわたり正しい道から大きくはずれ、ようやく1660年ごろになってしかるべき軌道に戻ったのだった。
 本書では、「物質は限られた数の基本的な化学物質からできている」、「化学元素というものが存在する」、「物質は原子でできている」という、3つの重要な発見に注目して物語をたどっていく。化学者、哲学者、熱心な錬金術師、そして原子核物理学者の取り組みを紹介するほか、恐ろしい事故に遭った人や、配慮が足りずに苦難を強いられた人、そして科学の進歩に身を捧げた人についても触れる。つまり本書は、私たちの宇宙がこのように成り立っているのはなぜかを理解するという、ひとつの目標を押し進めるために、時空を超えて共に努力する人々の物語なのである。

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   第8章 元素を変化させる
  
 新しい見方

 歴史を通して、化学者たちは周囲の世界のなかに、新しい物質を探し求めてきた。元素という概念が生まれてからは、元素が探し求められるようになった。何世紀ものあいだ、彼らの主要なツールは火と溶媒だった。20世紀が始まるまでに、これらのツールで発見可能な元素の大部分はすでに発見されていた。だが、その頃、新元素を探し求める化学者たちは、有用な新しいツールをふたつ手にしていた。分光法と放射能である。
 分光法は、科学者たちがある物質が新しい元素かとうかを判別するのを助けた。スペクトルの特徴が既知の元素と一致しないなら、何か新しいものが発見されたということになる。一方放射能は、新しい元素を発見する手がかりとなった。ここから、新たな疑問が湧き上がった。もしも元素が放射性崩壊によって自然に発生するなら、同じ方法で人為的に元素を生み出すことができるのではないか? 20世紀のうちに、最初の元素合成――人間が物質の根源を操作して強制的に元素を生み出すこと――が行われる。

  
 X線、U線、そしてパリのある暗い引き出し

 1896年、フランスの物理学者アンリ・ベクレルは、蛍光物質(蓄えていた光を放出して、暗闇で光る物質)の研究をしていた際に放射能を発見した。彼は、蛍光とX線に研究があることを突き止めようとしていたのだが、代わりに、さまざまなウラン化合物が写真乾板を黒化することを発見した。・・・ベクリルは、ウラン塩と写真乾板を引き出しのなかにしまった。数日後、写真乾板を引き出しから取り出した彼は、ウラン塩を日光にさらしてはいなかったが、その乾板を現像することにした。彼が驚いたことに「線」が包み紙を貫通して乾板にウラン塩の痕跡を残していた。・・・彼はその後、金属ウランもやはり同じ効果を持つことを発見した。
 ベクレルは最初、その「線」はX線に似たものだと考えていたが、さらに調べると、両者はまったく異なることが明らかになった。



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 『化学と人類の歴史』 
     
おわりに 全と無
 2000年以上前、人々は、
すべての物質は虚空、もしくはカオスから生じると考えていた。多くの文化で、その生成は、神による創造だと信じられていた。やがて物質は自らの構造を整えて-あるいは、何かに整えられて-形のないものから、属性を持った万物の構成要素へと変貌した。今私たちは、ある意味、元のところに戻ってきたのだ。現代のモデルでは、すべての物質(時空も含めて)はビッグバンの瞬間に始まったことになっている。
 数十億年をかけて、
その原初の物質は化学元素へと形作られていき、今や元素は、私たちの周囲にあるすべてのものを構成し、それらに性質を与えている。このモデルは、古代ギリシア人たちにも、それほど違和感なく理解できるのではないだろうか。
 
物質の構成要素 〔Element〕 を明らかにし、それらを周期表として配列する取り組み〔Elementarform 〕において、化学者たちは離れ業的な偉業を成し遂げたが、それは発見の連続でもあった。私たちが生物を分類する際には、重要で注目に値すると思われる特徴を選び、それらの特徴に基づいて行う。それは数多ある可能な分類方法のひとつである。しかし、周期表の場合はそうではない。周期表は、原子内の素粒子の数という、物質の基本的な性質に基づいている。科学者たちが、周期表の順番がこの基本的な性貨とどのように関連しているかを知る前に、その現れである効果を調べることによって、周期表の大部分を完成させたことは、じつに印象深い。
 標準的な形式の周期表は、誰もが知っている象徴的な存在となっている。同じ内容を異なる形式で表示しようとする試みがこれまでに多数行われており、たとえば円形の周期表や三次元の周期表などがある。

  
 宇宙に向かって話しかける

 
周期表はおそらく、私たちがほかの惑星上の知的生命体と共有できる唯一の知識であり、たとえその生命体がほかの銀河に存在したとしても、やはりそうだと考えられる。周期表は宇宙の隅々まで有効なのだ。1970年代前半、NASAは太陽系の外惑星[具体的には木星と土星]を探査するためにパイオニア10号と11号を打ち上げた。これら2機の宇宙船は現在、太陽系の外へと向かって飛行を続けており、永遠に私たちの太陽系から遠ざかっていく。パイオニア10号は、赤く輝く恒星アルデバランに向かっており、200万年ほどすれば到達するはずである。パイオニア11号はワシ座の方向へと飛行しており、400万年ほどでそこを通過するはずである。

 両機は、どんな異星人に発見されても、どこからやってきた宇宙船なのかがわかるように、一連の記号や絵を刻印した金色の金属板を搭載している。板の左上(私たちなら最初に見る部分)には、
宇宙で最も豊富な元素である水素の中性原子でスピンが反転する様子を表す図が描かれている。さまよう宇宙船を捕獲するほど文明が発達した異星人なら、必ずその意味がわかるはずだ。同じ図には、この金属板で使う時間と距離の単位が、水素原子のスピン反転現象 [正確には超微細遷移と呼ばれる] に関連付けられていることが示されている。具体的には、このスピン反転で水素原子から放出される電磁波の振動数1420MHzの逆数、0.7ナノ秒を時間の単位として使い、また、この電磁波の波長21cmを距離の単位として使うことが理解できるようになっている (描かれた女性の身長は21cmの8倍である)。
 
周期表は極めて普遍的な共通語なので、身体構造や、文化や思考回路が異なる他の生命体に話しかけるのに、周期表を使うのはいい選択だろう。その日が来るまでに彼らが元素について発見する事柄は、私たちがこれまでに発見したことと同じはずだ。彼らが辿る周期表の物語の道筋は違うだろうが、到達する結論は宇宙のどこでも同じに違いない。


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