形態学、生態学・生態系について
1. 形態学
1-2. ゲーテ形態学- 変態 メタモルフォーゼ
2. 生態学
2-2. ダーウィンの生態学/群集論-奥野良之助 『生態学入門』
3. 『資本論』 生態系_形態学について 改題2021.03.25
1) 「森林の生活」
2) 「生態系ってなに?」
3) 生態系の解説ー 寺本英(日本大百科全書)
1. 形態学 解説:高橋義人ー岩波哲学・思想事典より
〔英〕morphology〔独〕Morphologie
文学者でもあり自然科学者でもあったゲーテによって1817年に創始された学。従来のリンネ風の自然史が生命のないモザイクにしかすぎないことに気づいたゲーテは、生物の生きた形態、変化生成する形態を捉えるものとして形態学を提唱した。彼が創刊した『形態学』誌創刊号の裏扉には「有機的自然の形成と変形」と記されているが、これが、ゲーテによる形態学の定義である。
【メタモルフォーゼ Metamorphose】 ゲーテ形態学の中心概念をなすのは、メタモルフォーゼと原型である。それまでは昆虫についてしか用いられなかったメタモルフォーゼ(変態)の概念を、ゲーテは初めて植物や動物にも適用した。植物の基本的な器官である葉は収縮と拡張を繰り返しながら、子葉、茎の葉、萼がく、花弁、雄蕊・雌蕊おしべ・めしべ、そして果実へとメタモルフォーゼしていく。また脊椎動物の骨格の基本的な器官である椎骨は、椎骨、頸骨、尾骨、胸骨などへとメタモルフォーゼし、骨格の全体を形成する。
〔編集部注:萼がく=花の一番外側の、花びらを囲む部分。花は1つの枝が短縮し,その枝の葉がそれぞれ,花の各部分に変形したもの。その葉的器官が花葉である。雄蕊・雌蕊おしべ・めしべ=花の生殖器官。花弁=花びら〕
【原型】 動植物がいかにメタモルフォーゼしたとしても、動物は動物の形態を、植物は植物の形態を
保持しつづける。そこでゲーテは、動物や植物の「本質的な形」を原型と呼んだ。植物の原型は原植物と呼ばれることもある。後にヘッケルはゲーテをダーウィン以前の進化論の創始者と見なし、原植物を原始的な植物のことと解したが、これは誤りである。原型は、生物分類学の基礎をなすものだった。この学において原型は、多種多様な生物の比較の基準となるばかりではなく、ある生物の器官と他の生物の器官が形態構造のなかで同一の位置を占め、〈類似〉ないしは〈相同〉の関係にあることを示す。
〔編集部注:相同=形は違っているが,発生学的にみれば同じ起源に由来した器官同士である場合の関係をいう。たとえばヒトの手、ウマの前肢、コウモリの翼、クジラの胸鰭
(むなびれ) などの関係がそうである。さらに広く考えると鳥の翼もこれらと相同であるが、一方昆虫の翅は起源が異なるので、相似であるという。(ブリタニカ国際大百科事典)〕
【20世紀の形態学】 ゲーテ形態学は、20世紀の生物学ではボルトマンやレマーネ等によって継承された。彼らは、細胞や遺伝子の研究など、ミクロなレベルで行なわれる分析的な生物学を批判して、生物の〈形〉を捉える形態学を再興し、さらには形態学と進化論の統合をめざした。20世紀において形態学は、人文科学の方法論上の原理ともなった。カッシーラーはゲーテ形態学のうちに、〈抽象的普遍〉ではない〈具体的普遍〉の可能性を見いだしたし、人智学を唱えたシュタイナーは、形態学をく有機体学〉として無機的な近代科学に対置せしめた。シュペングラーの〈世界史の形態学〉、シュプランガーの〈文化形態学〉、プロップの〈昔話の形態学〉など、新種の形態学も次々と登場した。ギンズブルグはプロップの影響の下に、形態学と歴史の統合をめざした。ディルタイ学派の解釈学やゲシュタルト心理学にも形態学との強いつながりが認められる。さらに形態学は、チョムスキーやレヴィ=ストロ-スなど、構造主義にも多大の影響を与えた。そのため生物学のなかでは、形態学を構造主義的生物学と見なす立場が生まれたが、他方、オートポイエーシスこそメタモルフォーゼ論を真に継承するものだと主張する立場もある。
{文献Jゲーテ(高橋義人編訳・前田富士男訳)『自然と象徴』冨山房、1982;高橋義人『形態と象徴』岩波書店、1988;高橋義人「形態学と歴史学」『講座・現代思想』12. 岩波書店、1994。 [高橋義人]
2. 生態学 解説:廣野喜幸ー岩波哲学・思想事典より
[英] ecology 〔独:Ökologie〕
英語の ecology には、①生物の暮らし方、生態そのもの、②学問としての生態学、③自然保護思想を指す場合、の3つの主な用法がある。混乱を避けるため、第3の用法は近年エコロジズム(ecologism)と呼ばれる傾向にある。E.スワローによって基礎づけられ、後に家政学に発展した分野も当初エコロジーと呼ばれた。また、歴史的には、生態学とエコロジズムは、密接な関係を保って進展してきたわけではない。
ある生物(個体であれ集団であれ)の存在の様相は、周囲の生物ならびに物理化学的環境によって規定され、逆にそれらをも規定するというのが、生態学の根本思想である、この相互作用の法則性を探るのが生態学である。
ヘッケルは『一般形態学』[1866]で、ギリシア語のオイコス(ヘッケルは「家のやりくり」「生の関係」と注を付けている)とロゴスから、エコロジーなる言葉を造語した。ヘッケルによればエコロジーとは「関係生理学」の一部門であり、「動物の無機環境に対する関係および他の生物に対する関係、特に同所的に住む動物や植物に対する友好的または敵対的な関係」を扱う学問であるとされる(ヘッケル、1870)。
ヘッケル自身は生態学の分野で具体的な研究はしていない。先の一般的な定義にもかかわらず、ヘッケルの念頭にあったのは、そして1890年頃以降ヴァーミング(1841-1924)らによって生態学の名称のもとで実際行われたのは、植物の地理的適応・季節変異などの生理学的色彩の強い研究であり、生理学との相違は明確ではなかった。ヘッケルは、当時の生理学があまりに環境からの影響を無視しがちな点を憂え、エコロジーを提唱したとされる。ただし、生態学を一部先取りしていたA.フンボルト流科学は、生物と環境の迪環を重く見ていた。
生態学が自立するのは1930年代になってからであり、エルトン(1900-1991)の活躍に負うところが大きい。エルトンはそれまで十全な顧慮が払われてこなかった生物間の相互作用を主題化することに成功し、食物連鎖・生態的地位などの概念を整備・体系化した。 こうして、階層的ネットワークとしての自然とその中で独自の位置を占める個々の生物といった構図が打ち出され、真に独自な領域が確立されることとなった。力点が〈生理学〉から〈関係〉の方に移行し、〈関係〉を扱う学問という一般的定義の内実が満たされるようになったのである。
生態学は、相互に作用しあう多数の要素からなる系の構造と変動を時系列にそって扱わなければならず、構造変動論として編成される必要がある。それも全体の変動と個々の相互作用の様相の両者を、物質レベルから具体的な生活のあり方におよぶ様々なレベルで見据えなければならない。だが、この課題を有効に遂行する総合的方法論は確立されていず、現在のところ生態学は比較的独立した各個別学問の集合体という感が強い。→エコロジー。
〔[文献]〕 D.ウースター(中山茂他訳)『ネイチャーズ・エコノミー』リブロポート、1977; R.マッキントッシュ(大串隆之他訳)『生態学』思索社、1985; ブラムウェル(金子務監訳)『エコロジー』河出書房新社、1992。 〔廣野喜幸〕
3. 生態系について
◆堤 利夫著 『森林の生活 ー 樹木と土壌の物質循環』
・・・エネルギーと物質の流れー生態系としての森林の生活・・・
◆江崎保男著 『生態系ってなに?』 ― 生きものたちの意外な連鎖
~編集部より・・・『資本論』の“生態系”入門編として最適です~
生態系ecosystem. ・・・日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
ある一定の地域で生息しているすべての生物と、その無機的環境とを含めて総合的なシステムとみた場合、それを生態系(エコシステム)という。とくに、そのなかでの物質循環やエネルギーの流れ、さらに情報量あるいは負のエントロピーの維持・伝達といった機能的な側面に重点を置く。すなわち、太陽光線をエネルギー源として生産者(緑色植物)は、無機的環境から取り込んだ物質を素材として有機物を合成し、太陽光線のエネルギーが化学的エネルギーに転換される。これに依存して生活する消費者(動物)はその化学的エネルギーの一部を成長・増殖、さらに生活行動に必要な形態に転換して利用する。生産者および消費者の排出物や遺体は分解者(細菌や菌類。還元者ともいう)によって利用し分解され、物質はふたたび無機的環境に還元される。
この過程で、太陽光線を供給源とするエネルギーを種々の形に転換して利用することにより、その生物共同体が維持されているが、熱力学の第二法則に従って、そのエネルギーは最後には熱として外界に放出される。したがって、生態系は、太陽光線をエネルギー源とし、無機的環境―生産者―消費者―分解者―無機的環境へと、物質の有機化・無機化の過程を通して循環させることにより営まれている一つの巨大な自律的機関であるとみなすことができる。こうした機能をもった生態系の構造の安定性や効率などの問題を明らかにすることは、生態系の性質を理解するうえで重要である。
生物と環境を含めた総合的な見地の重要性は、古くから多くの人によって意識されていたが、エコシステムということばは1935年イギリスの植物生態学者タンズリーA. G. Tansley(1871―1955)によって初めて提唱された。ひと口に生態系といっても、その無機的環境の条件によってその様相はいろいろと異なっている。たとえば、海洋、湖沼、陸地、極地、砂漠などの生態系に区別されることがあるし、またその生物相の特性によって草原生態系、森林生態系あるいは鳥類生態系とか、耕地生態系、都市生態系など、最近ではきわめて広い範囲の対象に対して生態系ということばが使われるようになっている。
生態系を、生物進化の視点から考察することが近年とくに重要視されるようになり、進化生態学とよばれる分野の研究が盛んになりつつある。生態系の研究は今後、集団生物学や社会生物学などを総合した広い視野にたった学問の研究対象として理解がさらにいっそう深められていくことであろう。[寺本 英]